最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)285号 判決 1948年3月11日
主文
本件上告を棄却する
理由
被告人富岡政夫上告趣意は「私ハ強盗及ビ窃盗被告事件ニ依リ昭和二十二年七月十八日ヨリ東京拘置所ニ勾留中ノ者デアリマス此ノ度私ノ強盗及ビ窃盗被告事件ニ付キ愼シンデ上告申シ上ゲマス先ヅ強盗事件ヨリ申シ上ゲマス私ハ昭和二十一年八月三十日午後九時頃横須賀驛附近ノ隧道ニテ被害者ニ對シ暴行ヲ加ヘ金品ヲ取ツタトノ事ニヨリ強盗罪ト致シ起訴セラレタノデアリマスガ私ハ其ノ現場ニテ被害者ニ對シテハ手モフレズ一言モ発シナイデアリマス其レ許リカ中田君ガ被害者ヲ叩イタ時私ハ止メタノデアリマス然ルニ横須賀署及ビ横浜檢事局當局ハ強盗罪ト致シ起訴致シテ居ルノデ有リマス其レカラ申シ後レマシタガ此ノ事件ニヨリ被告人私ハ被害者ヨリ取リマシタ金品ノ内金ハ一錢モ取ツテ居ラナイノデアリマス其レカラ魚ヲ一尾喰ベタ事デアリマスガ其ノ事モ私ハ取ツタ物デアルト言フ事ヲ知ラズニ喰ベ取ツタ物デアルト言フ事ハ後デ分ツタノデアリマス此ノ點最高裁判所ニオカレテモウ一度詳シク取調ベ下サイ現ニ私ト同様ノ事件ニテ強盗ニ成ラズ恐喝罪ト成リ執行猶豫ニテ出所致シテ居ルノデアリマス然ルニ私ハ被害者ニ對シ暴行モ加ヘズ金モ一錢モ取ラズニ強盗罪ト致シ起訴セラレ且ツ裁カレテ居ルノデアリマス此レガ果シテ正シイ裁判ト言ヘマセウカ私ハ何處マデモ強盗致シテ居ラナイノデアリ願ハクバ裁判長閣下此ノ點御留意下サレモウ一度実地檢證及ビ被害者ヲ呼バレテ御審理下サイ次ニ窃盗事件デアリマスガ此ノ事件ニ付キマシテモ私ハ一錢モ取ツテ居ラナイノデアリマスヤツタ事ニ對シテハ私モ責任ヲ感ジテ居リマスサテ私ノ強盗及ビ窃盗事件ニ對シ横須賀署ノ刑事及ビ司法主任ハ調書作成ニ當リ或ル程度私ノ意見モ聞キマシタガ大部分ハ自分勝手ニ作成致シテ私ニ強制致シタノデアリマス次ニ其ノ一、二例ヲ申シ上ゲマスレバ塚原刑事ハ私ノ取調ベニ際シ鉄ノブンチンニテ足ヲ叩イタリ頭ヲ叩イタリ致シ有ル事無イ事ヲ引張リ出シ調書ヲ作成致シ強制致シタノデアリマス又自供始末書ニ致シマシテモ刑事ガ作成致シ私ニ書カセタノデアリマス又司法主任ノ如キハ調書作成ニ當リ私ガ否定シテ居ルニモ拘ラズ強盗事件ニ關シ横須賀署ヨリ提出セラレテ居ル主任調書ニ書イテアルト思ヒマスガ私ガ中田君ニ對シオソクナルトイケナイカラ逸見驛カラ電車ニテ歸ルツモリダト申シ立テ致シマシタ所其ンナ遠道ヲシテ歸ル筈ヅハナイト申シ逸見ノ方ヘタカリニ行クノダト書イタノデアリマスソレガ果シテ正シイ取調ベト申セマセウカ此點国家ノ最高裁判所ニテ御留意下サレ御注意下サイ以上愼シンデ上申申シ上ゲマス」というにある。
被告人は警察における供述は強制に基くものであって任意になされたものでないと主張しているが假にそのとおりだとしても、原判決は警察における被告人の供述を證據として犯罪事実の認定をしたものでないから、この言分は理由がない。又原判決によれば被告人は三人で「通行人を脅迫して金品を奪い取らうと相談して同日午後十時頃」「通行中の北浦辰雄を呼びとめ警察の者を裝って同人を附近の隧道内に連れ込んだ上被告人は見張をした」事実が認定されているのであって、本件犯罪は被告人も共謀の上行われたことは明白である。從って、論旨にいうがごとく被告人は被害者に對しては手も觸れず一言も発しなかったとしても、又強取された金について一錢の分前にも與らなかったとしても、被告人はその罪責を免れることはできない。窃盗の點についても、原判決は、被告人の共謀を認めているのであるから、假に論旨にいうように、被告人は、一錢の分前に與らなかったとしても、その罪責を免れることができないのは前同様である。論旨は結局、事実誤認を非難するに歸着するのであるが、事実認定は事実審である原裁判所の專權に屬することであって最終審であり法律審である最高裁判所において審理さるべき事柄ではない。從って、論旨は全く上告適法の理由がないものである。
右被告人辯護人横山茂上告趣意は「原裁判所判決は證據に依らないで事実を認定した違法がある。原判決はその理由において「被告人は昭和二十一年八月三十一日頃原審相被告人中田栄一と通稱安さんといふ者と三人で通行人を脅迫して金品を奪ひ取らうと相談して同日午後一時頃横須賀市逸見町二番地先の路上で通行中の北浦辰雄(當三十二年)を呼び止め警察の者を裝って同人を附近の隧道内に連れ込んだ上被告人は見張りをし中田は右北浦にたいして金を貸せと申向け右手で同人の左頬を毆打して同人を畏怖させてその反抗を抑壓して同人から現金三百十圓………等を強取し」と説示して刑法第二百三十六條第一項の規定を適用しているのであるが被告人等はもともと所謂たかり(恐喝の意)を共謀したのであり強盗しようなどとは毛頭考へていなかったことは豫審以來被告人の終始一貫供述しているところである。又被告人政夫にたいする豫審訊問調書第八問答中「中田カ其ノ男ニ金ヲ出セト云ヒ其ノ男カナイト答ヘタ處安サンカ旅ヲスルノニ金ヲ持ツテナイ奴カアルカト云ヒマシタ安サンカソウ云フカ云ハナイ中ニ中田カ其ノ男ノ顔ヲ手テ一ツ毆リマシタ私ト安サンハ毆ルノハヨセト云ツテ止メマシタ………」とあるのを見ても被告人等には被害者にたいして手荒なことをする意思の無かったことが推察できるのである。又被害者にたいして加へた暴行は右中田が一回毆打しただけであってそれ以上被害者に暴行した證據は全く無いのみならず被害者にたいしてその自由を抑壓すべき程度の脅迫を加へた證據も無いのである。そもそも強盗罪と恐喝罪との區別せられる所以は実にその手段たる暴行脅迫の程度如何によるものであっていやしくもその暴行脅迫にして被害者の反抗を抑壓すべき程度のものでない限りたとひ財物奪取の手段として多少の暴行脅迫が行はれたとしてもそれが恐喝罪を構成するは格別、強盗罪を構成するものでないことは既に以前から判例の明示しているところである。(大判大正三年れ五四號同年れ一三八七號)而して本件に於ては何等被害者の反抗を抑壓しその自由を全然剥奪すべき程度の暴行脅迫の行はれた證據の存在しないのにかゝはらず原判決がその理由に於て被害者を「畏怖させてその反抗を抑壓して同人から現金………を強取し--」と述べ被告人等の行爲を強盗罪に問擬しているのは全く證據に依らずして事実を認定したものであって刑事訴訟法第三百三十六條「事実ノ認定ハ證據ニ依ル」との大原則に違反せるものといふべきであるから原判決は當然破毀せらるべきものである。」というにある。
同辯護人吉崎勝雄上告趣意は「原判決は理由齟齬の違法あるものと信ずる。原判決は判示第一の事実理由として被告人中田米一と共謀の上強盗をした旨の説示をし其の證據説明に於ては被告人の豫審第一回調書並に第一審共同被告人中田米一豫審第一、二回の判示第一事実に關する部分を斷罪の資料としてゐるが右記録を仔細に閲するのに被告人は或は恐喝の犯意はあった様にも思はれるが亳も強盗の犯意あるものとは如何なる觀點よりも察知することが出來ない。從って原判決は理由齟齬の違法あり破毀を免れ得ないものと思料する次第である。」というにある。
しかし、被告人上告趣意に對して前述したごとく、原審判決の認定事実によれば被告人は第一審相被告人中田米一及び他の一名の三名で共謀の上通行人を脅迫して金品を奪い取ろうとして被害者を夜間午後十時頃警察の者を裝って、附近の隧道内に連れ込み、中田は被害者の顏を毆打して暴行を加えたのである。この事実は、原判決擧示の各證據で十分に認め得らるるところである。さらに「同人を畏怖させてその反抗を抑壓し」た點については、原判決擧示の證據である被害者北浦辰雄に對する豫審訊問調書の供述中に「自分は人通りのない所であり、相手は三人で、反抗したりしたらどんなことをされるか判りませんし、恐ろしくもありましたので相手のなすままにして居り………」とあることからも又前述した犯罪の時刻、場所、態様からも容易に認定せられ得るところである。從って原判決における強盗の犯意の認定について、所論のように、虚無の證據によって事実を認定したとか又は理由に齟齬があるという非難は全く當らない。論旨は理由なきものである。
よって、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)